概要
我々はダイヤモンドを用いた研究を行っています。近年,ダイヤモンドは人工合成されるようになってきました。 炭素からできているダイヤモンド中には様々な不純物を混入させることができます。 中には炭素が抜けてできた空孔(V)と窒素(N)の対からなるNV中心と呼ばれるものがあります(Fig. 1)。
NV中心の注目すべき点として、一つ一つのNV中心を光学的に室温で観測でき(Fig. 2)、且つNV中心が持つ一つ一つのスピンを室温で操作及び検出できる(Fig. 4)点があります。更に他にも優れた特性を有します。それらの優れた特性から、 NV中心は磁場などの超高空間分解・超高感度センサ,量子情報素子、バイオマーカー等への応用も期待でき、化学、物理、生物に渡る幅広い分野において注目されています。
インタビュー記事「ようこそ量子」に「なぜダイヤモンドなのか?」「物質の中のスピンを観測する」「室温で動作する量子デバイス」などについて、平易に記載されています。こちらもご覧ください。
主な研究と成果
- 最近の研究成果はプレスリリース(報道)欄でもご覧いただけます。
- 研究成果を詳しく知りたい方は論文・解説記事欄をご覧ください。
ダイヤモンド量子センサ
- 「単一NVダイヤモンド量子センサで世界最高感度を実現 ―合成n型ダイヤモンド半導体により室温での世界最長電子スピンT2―」
我々は、一定量のリンをドープしたn型ダイヤモンド中のNV中心において、電子スピンコヒーレンス時間(T2)が 非常に長くなることを見出しました。更にそのリンドープn型ダイヤを用い、NV中心の室温での世界最長T2と、 単一NV中心を用いた量子センサでの世界最高磁場感度の実現に成功しました。このT2は、他の固体系電子スピンの中で室温では一番長いものです。 リンは電子スピンを有するため磁気ノイズ源となり、リンをドープするとT2は短くなると考えるのが常識ですが、今回の結果はその常識にに反する結果でした。 これまで量子センサの研究に用いられていたダイヤモンド試料は、主に不純物を意図的にはドープしない絶縁体のダイヤモンドでしたが、 n型ダイヤにより最長のT2を実現した点は意義深く、さらなる高感度化に加え、n型半導体特性を活かした量子デバイスへの幅広い応用へ道を拓くものと期待されます。 本成果は産業技術総合研究所との共同研究成果です。
論文 "Ultra-long coherence times amongst room-temperature solid-state spins",
Nature Communications, 10, 3766 (2019). [Link]
[プレスリリース PDF]
[メディア報道]
また、リンドープn型ダイヤモンドに、イオン注入法により作製したNV中心のT2等の特性が、 アンドープダイヤモンドに同条件のイオン注入法で作製したNV中心よりも良くなることを示しました。産総研との共同研究成果です。
論文 "Shallow NV centers augmented by exploiting n-type diamond"
Carbon, 178, 294-300 (2021).
[Link]
- 「量子センサの感度を維持しつつダイナミックレンジを広幅化」
我々は新たな独自アルゴリズムを用い、リンドープn型ダイヤモンド中のNV中心量子センサにおいて、測定可能な磁場の範囲を決めるダイナミックレンジを、 低温での従来値より2桁以上、室温で広げることに成功しました。このダイナミックレンジは、単一NV中心を用いた量子センサとしては世界最高値です。 今回の単一NV中心を用いた結果を踏まえますと、NV中心の数を増やした集団の計測では高感度化により更なる広いダイナミックレンジを実現できます。 他の超伝導量子干渉計や光ポンピング磁力計などの超高感度センサの中には、ダイナミックレンジが非常に狭いセンサもあります。 今回考案した手法はパルス手法を用いた他の量子センサにも適用できますので、量子センサの計測範囲を、感度を維持しつつ広げた今回の成果は、 量子センサの応用環境を広げる成果として期待されます。また、測定対象物との間の相互作用の大きさは距離に大きく依存するため、 今回の成果は測定空間の領域を広げることにもつながると期待されます。
論文 "Ultra-high dynamic range quantum measurements retaining its sensitivity",
Nature Communications, 12, 306 (2021).
[Link]
[プレスリリース PDF]
[掲載メディア]
- 「NVセンタを用いた核スピンの電気的観測に成功」
ダイヤモンド中のNVセンタによる電子スピン及び核スピンの観測は、主に光学的に蛍光強度の観測によりなされています。 一方で、近年、NVセンタの電子スピンを電気的に読み出すこともなされてきました。今回、我々は世界で初めて、NVセンタを用いた核スピンの電気的観測に 成功しました。核スピンの量子操作(ラビ振動、T2測定)、及び核スピンコヒーレンスの電気的観測に室温で成功したのは 他材料における系を含めて初めてです。NVセンタを用いたセンサや量子情報素子の集積化にとって重要な成果と期待されます。
論文 "Room Temperature Electrically Detected Nuclear Spin Coherence of NV centers in Diamond",
Scientific Reports, 10, 792 (2020).
[Link]
One of the top 100 downloaded physics papers for Scientific Reports in 2020.
- 「N-V軸方向の制御」
NVセンタのN-V軸方向は、ダイヤモンド結晶中において、通常は下図に示したように4つの方向を取り得ます。 しかし、(111)面に化学気相堆積法により、ある条件で合成したダイヤモンド中のNVセンタでは、 N-V軸方向が[111]軸方向に揃うことを我々は発見しました。更に最適な合成条件では、光検出磁気共鳴スペクトルを解析し、 99%以上という高い割合で方向を制御できる事を実証しました。 これにより、アンサンブルNVセンタを用いた磁気センサーの感度がランダム配向のものに比べ4倍に向上される事が期待されます。 またアンサンブルNVセンタのスピンと超伝導量子ビットとの量子ハイブリッド系への応用など、量子情報分野においても基盤技術として非常に重要な成果です。 この方向制御は産総研と金沢大で合成された試料において発見し、実証しました。 本成果の論文は2016年度 応用物理学会論文賞を受賞しました。 [Web]
論文 "Perfect selective alignment of nitrogen-vacancy center in diamond",
Applied Physics Express, 7, 055201 (2014). [Link]
: 2016年度 応用物理学会優秀論文賞受賞 [Web]
また、産総研宮崎博士らとの共同研究で、理論計算から方向制御機構を明らかにしました。
論文 "Atomistic mechanism of perfect alignment of nitrogen-vacancy centers in diamond"
Applied Physics Letters, 105, 261601 (2014).
[Link]
我々は当時、世界で初めて発見したのは我々のみと考えておりましたが、同時期にドイツとフランスからも 独立に同様の報告がなされました。参考文献 [Link] [Link]
- 「ダイヤモンド高感度量子磁気センサ」
ダイヤモンド中の電子スピンは、数十ナノメートル程度の局所領域に閉じ込めることが可能であり、磁場や電場や温度を高い精度で検出できることから、ナノスケールの物質構造などを高精度でイメージングできるとされる量子センサへの応用が期待されています。本研究成果によって電子スピンの寿命が改善することで十分な計測時間の確保が可能になるため、計測感度の向上が期待されます。さらに将来的に、超伝導磁束量子ビットと複数のダイヤモンド中電子スピンの間に量子絡み合いを生成することができれば、従来の精度を凌駕する量子絡み合いセンサを実現できる可能性があります。この量子絡み合いセンサが実現すれば、人や動物の脳の活動情報を高い精度で読み取って病変を特定したり、数十ナノメートル程度の極小物質の三次元構造を明らかにするなど医療分野・材料工学分野に貢献すると考えられます。本成果はNTT、NII、NICTとの共同研究成果です。
論文 "Improving the coherence time of a quantum system via a coupling with an unstable system",
Physical Review Letters, 114, 120501 (2015). [Link] [プレスリリース]
また、ダイヤモンド中の電子スピンに長いコヒーレンス時間を持つ核スピンを組み合わせることで、これまでの感度を大幅に超えるセンサを理論的に提案しました。例えばゲートエラーが0.1%以下の場合、既存のセンサより感度が一桁向上することを理論的に示しました。成果はNTT、NICTとの共同研究成果です。
論文 "Hybrid quantum magnetic field sensor with an electron spin and a nuclear spin in diamond"
Physical Review A, 94, 052330 (2016). [Link]
関連成果
Physical Review A, 91, 042329 (2015). [Link]
- 「同位体炭素を用いたNV中心の量子メモリ時間の長時間化とセンサ感度向上」
近年、合成技術が進歩し、高品質ダイヤモンドの合成が可能となってきました。これに伴い、電子スピンを持つ常磁性不純物や欠陥濃度が抑えられ、NV中心の電子スピンの量子メモリ時間(T2)も伸びてきました。今回、高品質ダイヤモンドにおける更なる長時間化のために、核スピンを持たない同位体炭素12C濃度をダイヤモンド中で高めると、NV中心の電子スピンのT2が長時間化されることを実証し、電子スピンのT2の長時間化(室温で1.8 ms)に成功しました。T2の長時間化はセンサ感度に対しては高感度化につながり、このNV中心では、室温下での単一NV中心では最高感度となる、4.3 nT / (Hz)1/2のセンサ感度(AC磁場感度)が実証されました。
論文"Ultralong spin coherence time in isotopically engineered diamond"
Nature materials, v. 8, p. 383-387 (2009). [Link]
論文"Coherence of single spins coupled to a nuclear spin bath of varying density"
Physical Review B, 80, 041201(R) (2009). (Editors' suggestion) [Link]
ダイヤモンド量子コンピュータ・量子暗号通信素子
- 「ダイヤモンドLEDによる単一光子発生」
- 「固体素子で量子もつれ生成」
- 「量子メモリーの原理実験:ダイヤモンドと超伝導量子ビットのハイブリッド系の量子状態制御」
- 「単一NV-電荷状態の電気的スイッチングと安定化」
ダイヤモンドLEDで光子を1個ずつ室温で電気的に発生させることに世界で初めて成功しました。近年、量子暗号通信は理論上、どのような技術でも盗聴できない究極の通信技術として期待されています。この実現には、情報を載せる光子の1個1個を必要なときに簡易かつ確実に発生させる単一光子源が求められています。ところが、これまでの量子ドットや有機分子を用いた単一光子源は、室温では不安定でほとんど光らなくなるため、極低温での冷却が不可欠でした。また、室温で単一光子を発生できても、光励起のためのレーザーが必要なものしか実現されておりません。今回、ダイヤモンドを材料とし、そこに埋め込まれているNV中心(Fig.1)が室温でも安定に発光することに着目、単一光子源として用いて、電流で動作させることに挑戦しました。具体的には、高度な製造技術によって高品質ダイヤモンドの薄い発光層をn層とp層で挟み、発光層に電気が流せるLED素子を作製しました。さらに、光子相関法などの精密な測定法により、単一光子源として世界で初めて室温で電気的に動作していることを実証しました。本研究は産業技術総合研究所との共同研究です。
論文 "Electrically driven single photon source at room temperature in diamond"
Nature Photonics. 6, 299 (2012). [Link] [プレスリリース]
関連成果
Applied Physics Letters, 106, 171102 (2015). [Link]
近年,量子暗号通信・量子コンピューティングが非常に注目され,絶対に解読不可能な暗号通信や既存の計算を遥かに凌ぐ超高速並列計算の実現が期待されています。NV中心は量子情報処理を実現する固体素子の資源として期待されています。量子暗号通信・量子コンピューティングでは,複数の状態が互いに相関をもつ”量子もつれ状態”と呼ばれる状態が通信や超高速計算に 大きな役割を担うので,量子もつれ状態を生成できる多量子ビット素子の実現が求められ, その開発研究が世界中で活発に行われています。実用化が期待される固体素子での量子もつれ状態の生成は, これまで2量子ビットでの量子もつれ状態が極低温で超伝導体を用いて報告されていました。我々は, NV中心における核スピン及び電子スピンを用いて, 2及び3量子ビットでの量子もつれ状態の生成を室温で実現しました。本研究は産業技術総合研究所、ドイツ・シュトゥットガルト大学との共同研究で、成果は「 Science 」に掲載されました。
論文 "Multipartite Entanglement Among Single Spins in Diamond"
Science , vol. 320, no. 5881, pp. 1326-1329 (2008). [Link] [プレスリリース]
関連成果
Applied Physics Letters, 106, 153103 (2015). [Link]
超伝導人工原子(以下、超伝導量子ビット)とダイヤモンド結晶中のスピン集団(窒素不純物と空孔とから成るNV中心数千万個)を組み合わせたハイブリッド系を作り、エネルギー量子1個を交換する量子もつれ振動をコヒーレントに制御することに世界で初めて成功しました。これは、超伝導量子ビットの重ね合わせ状態をダイヤモンド結晶中のNVスピン集団へ保存した後に再び読み出せることを意味しており、量子通信や量子情報処理に欠く事のできない、任意の量子状態を保存可能な量子メモリーの実現にとって、ダイヤモンドが極めて有望な候補であることを実証したものです。本研究はNTT、NIIとの共同研究で、成果は「Nature」に掲載されました。
論文 "Coherent coupling of a superconducting flux-qubit to an electron spin ensemble in diamond"
Nature, 478, 221-224 (2011). [Link] [プレスリリース]
関連成果
Nature communications, 5, 3424 (2014). [Link] [プレスリリース]
Physical Review Letters, 111, 107008 (2013). [Link]
NV中心には保有する電子数に応じて、負に帯電した状態(NV-)や中性の状態(NV0)があります。電荷状態間の高速スイッチング等の制御は、核スピンのコヒーレンス時間の長時間化などの観点から非常に重要です。今回、単一NV-の電荷状態を電気的に初めて制御することに成功しました。p-i-nダイヤモンド半導体を用い、i層の単一NV中心の電荷状態を変化させました。光照射と電圧印可を同時に行いながら電荷を制御した報告前例はありましたが、純粋に電気的効果のみでの操作、及び定量的に電荷の変化量を明らかにした点は初めてで、更に、遠い13C核スピンの電気的デカップリングの観点からは十分速い変化を達成できました。本研究は産業技術総合研究所、シュトゥットガルト大学との共同研究です。
論文 "Deterministic electrical charge state initialization of single nitrogen-vacancy center in diamond"
Physical Review X, 4, 01107 (2014). [Link]
NV-電荷状態は光励起によってNV0などに変化することが知られています。量子センサや量子情報で応用が期待されているのは、NV-のみです。例えば、波長532 nmの光で励起した場合、変化によるNV-とNV0の割合はNV-: NV0=7:3, 波長593 nmの光で励起した場合はNV-: NV0=1:9になることが知られています。今回、リンドープn型ダイヤモンドを用いると励起波長(532nm, 593 nm)に関わらずNV-: NV0=10:0になることを実証し、安定化に成功しました。本研究は産業技術総合研究所、ウルム大との共同研究です。
論文 "Pure negatively charged state of NV center in n-type diamond"
Physical Review B, 93, 081203 (R), (2016). (Rapid communication) [Link]
home-made 共焦点レーザー顕微鏡装置
home-made 共焦点レーザー顕微鏡装置を筑波大学で立ち上げました。下図はその概略図です。一つ一つのNV中心を観測でき,さらに磁気共鳴装置を組み合わせることにより, NV中心の持つスピンの操作と観測ができます。(単一スピンの操作と観測)
測定ではピエゾステージを用いて試料上にレーザー光を掃引し,発光を観測しています。各位置での発光強度を記録することにより, 下図のように蛍光像が得られます。赤で示されている輝点が単一NV中心からの発光で,ご覧頂けるように一つ一つ手に取るように観測されます。 NV中心であることは発光スペクトルや磁気共鳴スペクトルから決定され, 単一であることはHanbury-Brown Twiss干渉計による2 次相関関数の測定から決定できます。
単一スピンの観測と制御
単一NV中心を観測することにより,単一NV中心の持つ単一の電子スピンの観測と制御が可能となります。 室温で可能となる点は特筆すべき点です。下の図は単一電子スピンのラビ振動です。 我々は更にNV中心の電子スピンと結合した複数の13C(I=1/2)核スピンの観測と制御にも成功しました! Physical Review B, 80, 041201(R) (2009). (Editors Suggestions)